古今趣味集 又は 興好見聞録

映画などを中心に浅い知識の様々な趣味、たまに私の日常。
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中尾孝義

中尾孝義
カッコイイ!!痺れますなぁ。中尾孝義の当時の写真を見ると子供に戻り、ミーハーというか憧憬の思いが表れます。

プリンスホテルから1980年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団した右投げ右打ちの捕手。
西武グループのプリンスホテルから中日ドラゴンズに入って頂いた事は今でも感謝しております。当時も姉が私をたぶらかしたのでしょう、その影響で『ガキの癖に』中尾に対して「ドラゴンズに来てくれてありがとう」という思いがありました。
近藤貞雄監督という稀代の名策士がその持前のアナウンス力で、ベテランも若手もきちんと掌握し、徐々に世代交代を進める。時は木俣現役最晩年、スタイリッシュな後に「一休さん」と呼ばれるヘルメットを装着した生きの良い若手が1982年にその座を自分のものとする。

そして彼のハイライトがすぐに訪れる。
1982年のオールスターゲーム。あの江川の8人連続奪三振ショーである。その時の捕手が中尾でした。子供だった私は憧れの二人がバッテリーを組むだけでそわそわと落ち着かない。嬉しくてしょうがないのだ。
そして、9人目のバッター近鉄の大石が打席に入る。いつもより大石はバットを短く持っており「こいつ、当てに来ている。」と子供心にこのプロ意識の無いバッターに怒りを覚えました。思い切り振れよ!と。そして、中尾が要求したカーブを投げる江川。美しく弧を描く球筋を見た瞬間、私は当てられる事を予感したのを覚えています。
アウトになった癖にニコニコとベンチへ帰りハイタッチする彼にやり切れない思いをしたなぁ。今でも大石の顔を見ると『少年の心に傷をつけた野郎』と形容してしまいます。(ファンの方、ごめんなさい)

もう一つ、1982年ドラゴンズ優勝でシーズンMVPは中尾孝義でした。
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[ 2013/07/23 21:59 ] スポーツ | TB(0) | CM(0)
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映画などを中心に浅い知識の多様な趣味、というより興味を持っています。間違った知識もあろうかと…。

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